江木姉妹小伝(38)

明治26年3月に樋口一葉から札幌にいた悦子宛に出された手紙の草稿が残されて
いる。
この手紙は妹の国子の代筆であるため、国子になりきって書かれている。

  御返事延引御ゆるし願上候承り候へば 又々御病気にて御入院あそばされ
  候よしもし御目出度にはいらせられず候哉 それならばお嬉しけれど例の
  リウマチか流行の御風などにや深く御案じ申上候 別て只今は時かふ(註
  :時候)のかはりめ故 丈夫のものさへ心あしくおぼえ候へば つねにお
  よはき(註:お弱き)御身にては 御如才あるまじけれど御養生専一に遊
  され候様祈上候 御地も少しハ春らしく花めかし候や 此地もことしは寒
  つよき為 梅はおくれ候へども 桜は廿日頃さかりと申事に御座候 御入
  院中さぞかし御さびしく入らせられ候はん 申上るほどにはなけれど 東
  京にては市区改正の追々にはじまり 私しがめにちかく知りたる所に而は
  湯嶋の切通しなどの広く成たること 只今も猶さかりに取ひろげ中なれど
  凡そ十五間斗の幅に相成べくと存じ候 天神も公園地に成りて より誠に
  しづかに綺麗にて ことしは梅もよろしく此ほどの日曜の夕方より姉と一
  所に参り 御社のうしろのがけより見下し候所 朧月のよるではあり誠に
  よきけしきに存じ申候 お前様東京にお出ならばと其時も御うわさ申出し
  候 御存じにも入らせらるべけれど 浅草のお開帳も此の一日よりはじま
  り三日の大祭などには殊のほか人手ありしよし 追々花見の時節にもむか
  ひ候まま 筲かし(註:さぞかし)賑はふことゝ存じ候 私しは御存じの
  出不精に而家の中に斗籠り居り候へども 花の時には向嶋より浅草だけは
  参り度と存じ居候間見物の上又々御はなし申上候 青年絵画共進会とか美
  術展覧会とかどこにもかしこにもおもしろき事の多き様なれど 私しなど
  はほんの耳に聞くだけに御座候 御わらひ可被下 なほ/\申上度こと 
  いと多けれど 例の筆まはりかね残ねんながら書きとゞめまゐらせ候 か
  へす/\゛も御病気を御大事に少しもはやく御全快の御報を承り度 これ
  のミ祈り居候 末ながら旦那様にもよろしく御申上のほど是又願上候 何
  もあら/\のミに御座候
                              かしこ

<続く>