弥次郎(1)

旦那:お前さんなんだね、しばらく鼻の頭ぁ見せなかったね
弥次郎:えぇ、ちょっと旅に出てまして
旦:んー、旅。結構だね。旅はういもの辛いものなんてこと言うが、辛いことがあるが中々楽しい
弥:楽しいですね。旦那の前ですがね、今度っくれえ旅を楽しいと思ったことはありません
旦:おお、それはよかったな。どこへ行ったんだい
弥:北海道へ行きまして
旦:北海道。えらい遠くへ出掛けたね。北海道なんておいそれとやたら行かれる所じゃァないよ。噂に聞くとあそこはだいぶ寒いらしい
弥:寒いなんてもンじゃありません。驚きましたあの寒いのには。もう何でも凍っちまうんですね。だから向こうじゃあね、お酒をお飲みなさいなンて言ねぇんで
旦:何だ
弥:お酒をお囓りください、なンて
旦:馬鹿なこと言うンじゃァないよ。あれはお前、凍らない
弥:ところがあンまり寒いから凍っちゃうンですね。だから北海道行くとね、歯の悪い人は酒が飲めません
旦:ほんとかい
弥:それに面白いのは、おはようが凍るンです
旦:なんだ、おはようが凍るってのは
弥:朝早く道ばたで人に会うでしょ。おはようって。パッて凍っちまう。これぐらいの固まり。おはよう玉。丸いのが道ばたごろごろ転がってる。それ蹴飛ばしながら歩いたりなんかしまして。年寄りが籠をしょってね、そのおはよう玉拾って歩いてる
旦:拾ってどうすンだい?
弥:目覚ましに使うンです
旦:目覚まし?
弥:え、夜なべ仕事なンかしてて眠くなるでしょ? そしたらそのおはよう玉五つ六つ鍋入れて、火の上こう載せる。んで、これが解けてきますからね。ふぁ!ふぁ!ふぁ!ふぁ!ふぁ!ふぁ!それにねぇ、もう可笑しかったのは、ションベンが凍る。
旦:それはお前、こっちだって凍るよ
弥:いや、こっちはした後が凍ってるでしょ? むこうはやってる途中で凍っちまう
旦:途中で
弥:しゃーってやってると、うじゅぶじゅぶじゅ…つながっちまう
旦:じゃァ後が出ない?
弥:出ません、つかえちゃって。で、よくしたモンでね。道行く人がみンなこのくらいの小槌を腰にぶらさげて歩いてましてね、あっしが困ってたら、お使いになりますか?って。ありがとうございます。借りましてね、カチンと割るとシャーッ。カチンと割るとシャーッ。カチン、シャー、カチン、シャー、カチン、シャー。夢中でやって急所をぶって目ぇ回した。あンな驚いたことありません