弥次郎(2)

弥:それから場所を変えましてね、奥州へ旅したンですがね。あの南部の恐山ってぇ山へ登ったンですが、あの険しいのには驚きました
旦:ほぉ話には聞いてるよ。大変に高い山で、雲へ首ぃつっこンでるって、あの山だろ
弥:旅茶屋があるンですがね。お客様、日が暮れかかってきましたんで、これから山に入るというのは物騒ですから、どうぞ村へ宿を取って、明日早立ちをなすったらいかがです。冗談言うない、こちとら江戸っ子だぃ。そんな悪い野郎がいたら、俺が退治してやるから心配すんなって表へ出まして、その内に日がとっぷり暮れてね、漆を流したような闇ってぇなぁ、あれですね。こう登っていくと向こうにちらちら明かりが見える。有り難い、今夜あそこのウチに泊めてもらおう。ふっと上がったら一面平ら地になってましてね。
旦:あぁ高い山ってぇのはよくそうゆう所があるそうだ
弥:向こうを見て驚いた。これがね、ウチじゃねぇンです。焚き火だったンす
旦:焚き火?
弥:十五六の荒くれ男が車座ンなってね、ぷーっかりやってやがる。こいつはまずいなと思って逃げようと思ったら、いきなりあっしの前にね、六尺丈もあろうかという色の真っ黒い、裏表のわからねぇ野郎が立ちはだかりやがって、お若ぇの、お待ちなせぇ! 待てとお止めなされしは、みどもがことでござるよな
旦:んなとこで気取ったってしょうがねぇ
弥:裏に人がいなけりゃ手前ぇのもんだ。ここは一丁目があって二丁目のねぇところだ。身ぐるみ脱いで置いて行きやがれってからね、さては汝等は、この山に住まいをなす一人二人の履き物の奴だな
旦:なんだ一人二人の履き物ってのは
弥:しめて三足(山賊)。いらねぇこと言ったら怒りやがって。ならば腕ずくでも取ってみせようか。取れるものなら取ってみろーッって始まっちゃったね
 ♪ちゃーんちゃんちゃちゃちゃちゃ・・・
旦:なんだ
弥:チャンバラ、チャンバラ。向こうは大勢、こっちは一人。ちゃんちゃかちゃんちゃか…右に左に左に左、鉄扇で相手の利き腕をぴっ! 刀ガラッと落として、ふっと見たら、六尺もあろうという大岩がありましたから、この岩を小脇にかいこんで…
旦:六尺もある岩が小脇にかいこめるか
弥:真ん中がくびれていて持ちやすかった…この岩をちぎっては投げつけ、ちぎっては投げつけ…
旦:岩がちぎれるかよ
弥:出来立てで柔らかかった。さすがの山賊もちりぢりになってね